『小確幸』探求の日々

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毎日なんかいいこと見つけよう!大好きな「押尾コータロー」さんの話題を中心に・・・ほとんど休眠中の気まぐれブログです。悪しからず。

はたちの岡山空港

現在の岡山空港が開港したのは、1988年3月11日。
今年は開港20周年記念の年。
その半分近くに携わってきた者としては、ちょっと感慨深いものがemoticon-0113-sleepy.gif



・・・・・・なんて、急にしみじみ思ってしまったのは
RSKのTV番組『はたちの岡山空港』でクローズアップされていた空港スタッフが、
同期の奴だったからemoticon-0128-hi.gif 
同期入社の7人(そういえば平成4年入社だったのでH4→エッチフォーと呼ばれていたっけ)で
現在も空港に残っているのは、2人だけ。 がんばっとるね~emoticon-0165-muscle.gif




同期のがんばる姿を見て
しみじみついでに、ひとりごと・・・・


入社したころは、今よりずっと便も少なくて、ホントにのんびりしたローカル空港って感じだった。
みんな仲良くて、休みの日もよく一緒に遊んでたなぁ(^^) 若かったし(笑)
だんだん便も増え、空港の運用時間も長くなり、
私が辞めてから、制服も変わって、システムも変わって、
空港に行っても、カウンターには知らない顔がほとんどになってしまった。
今度の東京行きは、久しぶりに飛行機だけど、
知ってる顔に会えるかどうかちょっとドキドキしてたりして・・・・



同じ会社にずっといる、あるいは同じ仕事をずっと続けてるってすごいことだと思う。
自分にはそれができなかった。
だから、そういう人は文句なしに尊敬できる。
私も、突然思い立って、丸9年いたあの会社を辞めたわけではなかったんだけど。


会社に不満はあったけど仕事は好きだったし、震災の混乱だって乗り越えてきたし
人間関係の大きなトラブルもなかった。(よねぇ?と、こんなところで聞いてみる(笑))
でも、なんだろう・・・このままここにいたら、自分の器がどんどん小さくなっていくような
漠然とした、ものすごく漠然とした危機感みたいなものを感じていた。
そして、「10年続けられたら、たぶん辞めないだろうな」という妙な確信もあった。


長い時間かけて自分の中で結論が出るまで、誰にも話さなかったと思う。
辞めた後の事も、何も考えていなかった。
でも今から7年前に戻って、もう一度どうするか決める事ができたとしても同じ道を選ぶ。
それまで流れに乗って、割とすんなり生きてきた人生で
思えば、あれが自分ひとりで下した初めての大きな決断だったんだな。


果たして自分の器は少しでも大きくなったのか、
今でもその小ささに、自己嫌悪に陥る事しばしばなわけで、それはわからぬまま。
もし答えが出るとすれば、それは人生の最後だろう。


こんなことまで考えてしまったのは、今読んでる本の影響かも(^^;
その話は、また後日・・・
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Commented at 2008-02-12 16:47
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by CHIXI at 2008-02-12 22:38 x
おじちゃんが沖縄を案内しているところだけ観ました!
恥ずかしながらまだ一度も岡山空港を利用したことないんですよね~
周囲のUPDOWNの道や妙見山はおなじみなのに(笑)
ソウル、グァム、那覇、札幌・・・
とりあえず羽田でもいいから行きたいですわぁ。
Commented by ungalmatsu at 2008-02-12 23:07
★レスです!
>非公開コメントさんへ
ま~さ~に~!同じ会社です、先輩!!びっくり!!
私はANA総代理店の証票類も担当してましたので
観光センターにもしょっちゅう電話してましたし・・・
たぶん共通の知人だらけですね(笑) 世間せまっ!!

>CHIXIさんへ
半分以上、旅番組でしたからね(^^;
岡山空港は駐車場タダなので、意外に便利なんですよ。
なんて、宣伝してみたりして(笑)
確かに、飛行機に乗るためじゃなく、バイクやランで近くを通る事のほうが
私も断然多いです(^^;
by ungalmatsu | 2008-02-12 00:00 | 日々の生活 | Comments(3)