『小確幸』探求の日々

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毎日なんかいいこと見つけよう!大好きな「押尾コータロー」さんの話題を中心に・・・ほとんど休眠中の気まぐれブログです。悪しからず。

野の花の入院案内

1月17日・・・・・・たまには命について静かに考えてみませんか?
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というわけでご紹介するのが
「野の花の入院案内」
 徳永進
 (講談社)


以前にもここで紹介しましたが、
徳永さんは鳥取にホスピスケアのある
19床の有床診療所「野の花診療所」を
開設されていらっしゃる方です。
ホスピスというのは、死にゆく場所。


この本は、「ようこそ野の花へ」という言葉で始まります。



「死は悲しい別れですが、死は、そんな悪いものではない、とも私たちは思っています。
今までに亡くなっていかれた人たちから、そのことを教わりました。
 (中略)
入院された今日は、お茶を一杯、どうぞ。」




何らかの病気の末期症状で、延命治療をやめ、ホスピスに入ったからといって
誰もが心静かに死を迎えられるわけではないようです。
この本では、実にたくさんの、実にさまざまな死のかたちが、
徳永さんの柔らかな口調で語られています。
読んでいると、「そうか、正しい死に方なんてのはないんだ」ってことがわかってきます。
なぜなら、死は個人的なものだから。



“野の花問答”というコーナーもあります。
「いろんな選択肢があるときに、正しい答がわからない。何か腑に落ちないのです。」
という問いに対する、徳永さんの答えは
「正しい答えは腑に落ちるやつなんです。腑にさえ落ちれば、だいたい謝っていようが
なにしようがかまわない。
(中略)
まずひとつ、動いてみるんですよね。そうするとやっぱり問題が起こるので、
そこから次の分かれ道のBを選ぶんです。するとやっぱり腑に落ちないことが起こって、
分かれ道のEを選ぶ、というようにして行く。
なぜって、最初から一発で「腑に落ちる答え」に出会うということはなくて、そういうふうに
動いていった経過そのものに、だいたいは納得できるようになったりするんです。
ときには逆に、あのときこっちの枝道に来なければよかったという後悔も起こるんだけど。」




原点は、人はひとり、ということ。
徳永さんの言葉は、それを、静かに受け入れさせてくれる。


「幸福とは、自分が実はひとりだということをなるべく感じなくていい人生だ。」
というのは、吉本ばななさんの言葉だったかな・・・?


自分が死んでゆくとき、こんなお医者さまに出会えたらいいな。
語られているのは“死”なんだけど、“生きるヒント”をたくさんもらった本でした。
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by ungalmatsu | 2008-01-17 23:58 | 本を読む