『小確幸』探求の日々

ungal.exblog.jp

毎日なんかいいこと見つけよう!大好きな「押尾コータロー」さんの話題を中心に・・・ほとんど休眠中の気まぐれブログです。悪しからず。

ワイドー!ストロングマン!!

b0082834_22165310.jpg
明日は
第23回
全日本トライアスロン宮古島大会!


私は今年も行けなかったけど
現地入りしたトライアスロン仲間から
楽しそうな電話やメールが届くと
うれしくなる(^^)
明日はみんな完走できますように!!

この写真は初めて出場した
2002年に撮影したもの。
バイクで2往復することになる、池間大橋からの眺め!天気が良ければ、この海の色!!
景色はそれはそれはきれいで感動的だけど、レースでは向かい風に泣くポイントでもあったり・・・
初めてロングレースに出たあの日のことは、一生忘れられない。
もうクローズしてしまった友達のHPに掲載していた、完走記の原稿が出てきたので
ここに再び載せてみました。

・・・・・・・・・長文です。ほんっっとにヒマな時にお読みくださるよう重々お願い申し上げます(^^;




私の宮古島体験記(第18回全日本トライアスロン宮古島大会)
SWIM 3 km BIKE 155 km RUN 42.195 km TTL 200.195 km

2002年4月21日(日)

朝4時起床、4時半朝食、5時に「なかのや旅館」を出て、市役所前から会場行きのバスに乗る。スイム会場の東急リゾートに到着してもまだ暗い。とりあえずナンバリングを済ませ、バイクトランジットへ。ぼちぼちとセッティングをしているうちに夜が明けた。天気は予報どおりの晴れ。ということは気温も28度くらいまで上がるという事だ。バイク用の着替え袋を置くラックのところで日焼け止めやワセリンをもたもた塗っているうちに時間が迫る。みんないつもより無口なのは緊張のせいか?寝起きのせいか?自分が異常に緊張しているのがわかる。Tさんは全然緊張してないって!うそでしょ~?スタート前にもう一度トイレに行っている間にみんなとはぐれた。一人になるとますますドキドキする。スイムチェックを受けたところで応援のSさんとYさんがいた。mae-ashi号たちはまだ通ってないと言うのでそこで待っていると、Uさんと共にやってきた。それでちょっと落ち着いた。スタート地点をどこにするか決めているとHaruさんたちが来た。潮の流れが相当あるので1番外から出るのがいいと言う。結局真中あたりでスタートを待つ。口からでるのは「どーしょー」ばかり。なかなか覚悟が決められない。とりあえず「帰ってこような!」とお互い言い聞かせているうちに・・・

午前7時半いよいよレースのスタート!バトルが恐いのでゆっくり出たけど、いきなり泳ぎにくい。位置確認をしようにも後ろからどんどん人が乗ってくるのでそのまま泳ぎつづけるしかないって感じ。だいぶ外側から出たつもりだったのにすぐそこにコースロープが見えてきた。流れがそれだけきついということだ。第1ブイの混雑はものすごかった。mae-ashi号は「キャー助けて~(ブクブク・・・・)」という叫び声をいくつも聞いたらしい。あとから溺れた人が何人もいたことを聞いたが、スイムが得意な私でも相当恐かったからそうでない人はパニックになってもおかしくない状況だったと思う。なんとか流れに乗ってブイをまわり第2ブイへ。ここが1番泳ぎやすかった。第2ブイをまわってからが予想以上の泳ぎ難さ。右ブレスの人は波を何度もかぶり水を飲んでしまったみたい。私は左ブレスと前ブレスで位置確認をしていたので、そこまでの影響は受けなかった。初めて泳いだ3キロという距離は、長かった。やっとのことで砂浜に上がり時計を見たら1時間きっかり。自分の予想タイムではあったけど、少し時間がかかりすぎたかな?と思いながらテントで着替えてバイクラックへ行くと意外にもバイクがたくさん残っている。それもそのはず、その頃後ろに1000人もいたのだ。

バイクスタートしていきなり変な音がする!びっくりして止まってみるとビニールテープを踏んでしまったらしくそれがひっついてブルブル音がしていたのだ。よかった。いきなりバイクトラブルだったらどうなっていたか!バイク1周目からとばすと絶対2周目で踏めなくなる、というTさんの言葉を思い出し、自分でも押さえたつもりのバイクスタート。10キロちょっと行ったところでHaruさんが追いついてきて「行こうよ!」と言う。その言葉にも乗らずがまんがまん。しばらくしてHさんにも抜かれた。景色のきれいな池間大橋。ここの風は覚悟していたけど池間島を半周したあたりからものすごい向かい風で下りも踏まないと進めないくらいになった。去年のレースではドラフティングしまくりのパックがいくつもあったという話だが今年はそれが全くない。スイムでばらけたせいなんだろうか?とにかく1人ではあまりにつらいので、ペースを少し落としてしばらくの間後ろにつかせてもらった。Nさんは先に行っているのはまちがいないけどmae-ashi号やUさんはどのへんだろう?しばらく対面通行の区間があるけどそこでは会わなかった。それからもひたすらバイクは一人旅。昨日車で下見をしながら、Tさんにポイントを聞いていたおかげでコースの感覚はつかめていたけど、実際走ってみると想像以上に体力を使っているような気がしてきた。一番の原因はエイドでくれるボトルかも・・・・アクエリアスのボトルが大きすぎてボトルゲージに入らないのだ。新しいボトルをもらうために、エイドの手前で自分のボトルを捨てているのでショックは大きい。せっかくもらったボトルも飲めるだけ飲んで、水は頭や身体を冷やすのにかけてすぐ捨てるしかない。むりやり突っ込んだボトルが落ちたりするのにもヒヤヒヤしながら走らなくてはならない。手持ちの水が少なくなってからはエイドでは止まって、バイクジャージのポケットにねじこんでもらったりもした。しかし今回このボトルのせいで脱水になった人も多かったと思う。あとでアンケートに書いて提出したけど次からは絶対に改善してもらわなければ!バイクの一人旅はまだまだ続き東平安名埼へ差し掛かったところでTさんが私に気付かず抜いていった。何故わかったか?それはサドルにエアーサロンパスが差してあるから!やっと知ってる人に会えたのがうれしくてちょっとがんばって追いつき、東平安名埼で折り返すまで少しの間一緒に走る。が、調子の良さそうなTさんはガンガン行ってしまい、またまた一人旅。1周目100キロを終え、2周目。池間大橋へむかう途中Nさんとすれ違ったけど全然気付いていない様子。あとから聞くとその時点ですでにヘロヘロだったらしい。池間島からの帰りはさっきと同じすごい向かい風。今度は付く人も全然いなくて泣きそうなくらいつらい。やっとのことで橋を渡りしばらく行ったところでUさん、すぐにmae-ashi号とすれ違った。120キロを越えたくらいで先が見えたような気がしたけど、そこからが長い!最後の20キロなんてたいした坂もないというのに、行けども行けどもバイクフィニッシュが来ない。やっと平良市陸上競技場が見え、バイク降車ラインまできたときにはそれだけでなんだか感動してちょっと胸が熱くなったくらいだった。バイクのタイムも自分の予想通り6時間2分。日焼け止めがあまりきかなかったのか、この時点で腿が痛いくらい真っ赤に日焼けしていた。


テントで着替えたとき顔には焼け止めを塗ったのに、なぜか身体は塗りなおさずランスタートしてしまった。そこまで気が回らなかったということは、その時点でかなり疲労していたのだろう。自分ではわかってなかったけど・・・・・ランスタートのエイドで少しゆっくりいろんな物を食べた後、走り始めると身体も動くような気がした。確かにしんどいのはしんどいけど、なんとか走れている。3キロ地点くらいでトップのクロプコと、そのちょっと後2位の宮塚とすれ違う。クロプコがラストスパートで宮塚を引き離した直後だったらしい。その気迫は鳥肌ものだった。その後も続々すれ違うトップ選手たち。すごい体験をしている、と思った。途中時計を見ると、なんとキロ6分ペースできているではないか!10キロ地点あたりでHaruさんとすれ違う。一度呼んでも気付かない。もう一度呼ぶとやっと気が付いた。あとで聞くと相当きてたらしい。でも「あの時のungalmatsuの声が裏返ってたから、ungalmatsuも相当きてるんだな、と思ったよ」とHaruさん。自分では気付いていない。その後もなんとか走り続け20キロちょっと手前でNさんとすれ違う。「歩いたらいかんよ!」というので「ゴールで待ってて!」と言って別れた。そのすぐ後ろから元気なTさんが・・・・こちらも「ゴールで待っててね」といって別れる。20キロ地点。そこから折り返しまでイヤになるような激坂がある。とても走れるような坂ではないので歩く。ここくらいからレースナンバーが黄色の21番の選手を抜いたり抜かされたり、で折り返し地点くらいで目が合い、なんとなく一緒に走るように・・・・・シンガポールの招待選手だった。「歩いたり走ったりしながら行こう」(もちろん英語で)というので、2人でしばらく走ったり歩いたり。22キロ地点くらいで往路のHさんにあってびっくり!もっと先にいるはずなのに、と思ったらバイクトラブル(スポークが折れた!)でメンテナンスに時間がかかってこんなところにいる、とのこと。でもレースを本当に楽しんでいるみたいだ。その後、しばらくしてHさんが追いついてきた。ランのペースは全然向こうの方が速いので先に行ってもらったが、そのとき私はまだ走っていたので、Hさんの30分後くらいにはフィニッシュすると思ったらしい。その時は私も「11時間台で帰れるかも」と思っていたし。シンガポールの選手はこんな所にいるのは屈辱的なくらいタイムを落としているのに、私を励ましたり、応援の人にもちゃんと「Thank you」と返したり、歩いている人を追い越す時には「Keep going!」と声をかけたり、本当にえらいと思う。アイアンマンマレーシアとかにも出ていて、宮古は距離も短いのに本当にキツイ、と何度も言っていた。スイムもバイクもランも・・・・彼は「Tough」という表現を使っていたけれど。途中Mっち、Mさん、Uさん、mae-ashi号、Yちゃんなど、みんなとすれ違った。mae-ashi号は「間に合わんかもしれーん」と結構バテバテ。「14時間あるから大丈夫だよ!」と言いながら別れる。そのうち見覚えのある後姿が見えてきた。まさか!と思ったが間違いなくNさんだ。ゆっくり歩いている。かなりキツそう。「彼がひっぱってくれているので一緒に行きませんか?」と言ったけど「全く走れない」というので、先に行くことにした。そんな感じで30キロ地点まで。だんだん身体が動かなくなっていく。それまでも何度か「You go?」と聞いたけど彼は一緒に行こうと言う。でももう限界。「もう走れないから先に行って」と言うと、一瞬迷った後「わかった、がんばって」と握手をしてくれた。(次の日のパーティで探したけど、結局これ以来会えず、お礼も言えなかった)

そこから1人でとぼとぼ歩く。どんどん抜かされていく。でもくやしくもなんともない。あと10キロ地点でストレッチしているところへNさんが歩いて追いついてきた。何とか立ち上がり一緒に歩く。Nさんはたぶんこんなはずじゃなかった、と悔しい思いをしているはず。それでも「絶対間に合うよね~」「暗くなってフィニッシュするのもいいよね~」と慰めあい(?)ながら、「先に行ってもいいですよ」と言っても「一緒に歩こうよ」と言ってくれるので2人でとぼとぼ歩く。そのうち私が本当にふらふらになってきた。エイドごとに補給はしてきたつもりだけど、足りなかったのか。暑すぎて補給が追いつかなかったのか。あ、そういえば塩分をあまり取ってない・・・・気付いた時にはもう遅い。あまりに苦しいので少し座って休んだら、もう自力では立ち上がれなくなった。残り7キロ。Nさんの手を借りて立ち上がる。手も足もしびれたみたいになって、1人ではまっすぐ歩くこともできない。さっきまで夕焼けがきれいだったのにいつのまにか真っ暗。意識もちょっと薄れてきたのだろうか?そこからはNさんがずっと手をつないで歩いてくれた。暗くなっても沿道には応援の人がいっぱい。「大丈夫、時間はまだまだあるよ~」と声をかけてくれる。「ビール飲んで行くか?元気になるよ」と言ってくれた人も?!歩く速度も相当落ちている。このまま歩きつづけられるかどうか、自分にもわからない。「意識ある?」と時々聞かれて我に返る。本当にゆっくりゆっくり「いち・に・いち・に」と掛け声をかけてくれるNさん。残り5キロの表示が見えた。Mっちが抜いていった。「あと5キロよ、がんばろーよ」って元気に走って。そこから商店街に入る。沿道の応援も数がどんどんふえるし、商店街なので明るくてにぎやか!このあたりから声援が「おかえりなさい」になる。元気だったらこのあたりでウルウルきてるかも・・・・・この頃ペースはキロ20分。1時間で3キロ。それでも少しずつ進んでいるのだから、ぜったいフィニッシュまでたどり着くぞ!とふと思った。そこからもまだずーっと一緒に歩いてくれるNさん。そして・・・・・競技場が見えた!帰ってきたんだ!競技場の入り口まで来た時、Nさんが「ここからは1人で歩ける?」とそれまでつないでいた手を離した。競技場の中へ入った。すごい歓声。フィニッシュを告げるアナウンス。思わず競技場のなかを見上げた。フィニッシュゲートの10メートルくらい前まで2人で歩いた後、「先に行っていいよ」と背中を押してくれた。最後ほんの数メートルをヨロヨロ走ってフィニッシュゲートをくぐった。12時間45分28秒。感動よりも安心して涙が出てきた。

「すぐ救護室に連れて行って!」というNさんの声ですかさずストレッチャーに乗せられた。びっくりしてすっとんできたHさんの顔が見えた。Nさんはストレッチャーに付き添ってそのまま、Hさんは私たちの荷物を取りに走ってくれた。意識は歩いていた時よりはっきりしている。興奮しているからか?簡単な質問のあと、すぐ点滴。典型的な脱水、熱中症、低血糖。意識がだんだんはっきりしてくるのでみんなが帰ってきたかどうか気になる。と、すぐにUさんが駆けつけてくれた。私たちのすぐあとに帰ってきたらしい。あとはmae-ashi号だけ。制限時間1時間前の花火の音。点滴1本終わった後熱が38.6℃に急上昇。このままだと熱は40度どころか50度近くまで上がる危険があるということで、救急車で病院に搬送されることに。そんな大事になっていることに驚く。自分もえらいだろうに、Nさんが病院まで付き添ってくれた。病院は搬送されたアスリートで満杯。私もベッドではなくソファに寝かされる。2本めの点滴と解熱剤。この頃にはもうほとんど落ち着いていた。「こんなになるんだったら途中でやめるべきだったかな?」と言う私にNさんは「やめてたら絶対悔いが残ってるよ。」Nさんがいなかったら絶対にフィニッシュできてなかった。本当にラッキーだった。完走した実感はまだわかないけど。そのうちTさんも病院まで来てくれた。私がだいぶ元気になっていたので安心したみたい。ホントみんなに心配かけちゃったな~、と反省。時計を見ると9時半。競技終了時間だ。mae-ashi号が無事フィニッシュしたとの情報。よかった~、これでみんな完走だ。ホッとした。病院でスイムで死者が出たことを聞いた。ショックだった。同じレースに出ていた人が亡くなるなんて!他にも意識不明の人がいるという。そしてこの病院の混雑ぶり。もしかして大会の運営が危なくなるかな、という不安。トライアスロンは危険、という先入観を持たれる事への恐れ。そしてやっぱり危険を伴うスポーツであることをいやというほど知らされる我々アスリート。この日午後11時半、点滴3本を終了してやっと帰宅許可が出た。旅館に戻ると死んだように眠るUさん、階段を上っただけで動悸がするというmae-ashi、ビールと泡盛を少しだけ飲み「今日はやっぱりダメだな」と帰るNさんとTさん。今回のレースはみんなにとってダメージの大きい大会だったようだ。


今回こんな思いをしたけど、不思議なことに途中でも「もう絶対やらない」という気持ちにだけはならなかった。苦しんだ直後なのに「来年はリベンジだ」と思った。ロングの世界を見てしまうとこうなるのかな?去年の宮古のあと、ゲロゲロで苦しんだはずのNさんが「来年も絶対行く」と言った時も、皆生のフィニッシュ直後に「来年も出る」と言った時も「なんでこんなに苦しんだのにそんな気になるんだろう」と不思議に思った。楽しかったのならわかるけど、と。自分でロングを経験してみてわかった。言葉では説明できない魅力があるんだ。経験してみないとわからない世界なんだ。すごい体験をしてしまったんだ!
完走の実感は、時間が経ってからじわじわ沸いてきた。ひとつひとつの場面を思い出すと涙が出るような感動。1番感じたのは、飛行機が宮古空港を離陸する瞬間。本当に泣いた。そして「来年、絶対ここに戻ってくるぞ」と誓った。ロングを経験して自分は変わっただろうか?変わったような気がする。人にはわからないし、何がどう変わったかうまく説明することもできない。でも何かひとつ気持ちの区切りがついたような感じ、というのだろうか?いい意味で小さいことが気にならなくなったような気もするし・・・・
私のロングの目標は、自力で笑顔でフィニッシュすること。しかも必ず宮古で!これが実現するまではトライアスロンを続ける。多くの人のおかげで自分がスタートラインに立てることに感謝して。でもそしたらまた次の目標ができてしまうんだろうな?私にとっての初めてのロングは苦しい苦しい200.195キロだった。それでも完走できたことを誇りに思う。本当にありがとう。この日のことを私は一生忘れない。
[PR]
Commented by ハロハロ at 2007-04-22 06:28 x
 超・長文・・・・・・いえいえ、一気読みさせていただきました。
(読んだのは、昨晩なんだけどね。)

去年、私が、なぜここのブログにコメントしてみようと思ったのかが
わかった気がする。
(いや、もちろん、きっかけは『マンゴー』とRANちゃんですけどね)

あなたのアスリートとしての姿勢、あなたとあなたの周りにいるアスリート達の心の繋がり、
命に対する考え、そして、何より物事をとことん「楽しむ」という気持ち、
こういうこと全てをひっくるめて、私の琴線に触れたんだと思う。
もちろん最初から、具体的にわかったわけではないけれど、
何かピン!とくるものがあったというその何かを、この「体験記」が教えてくれた気がします。

ごまかしや、お世辞、表面的な繋がりに辟易している日常に対して、
(いやいや、大人はそういうことも大事なのかもしれないけど)
いや、もっと根本的な違うところに目を向けさせてもらえた。
私には、こんな体験はないし、これからもできないだろうけど
自分がやり続けていきたいことに くじけそうになるとき(最近、多いからなぁ)
また、この体験記を読みにきます。


Commented by ungalmatsu at 2007-04-23 21:58
★ハロハロさんへ
私も久しぶりに読み返しました。
ロングレースってあまりに時間が長いので
バイクになると、スイムの苦しかったことを
ランになると、バイクの苦しかったことを
フィニッシュすると、すべての苦しかったことを忘れてしまうんです。
いや、忘れるからこそ、こんな事できる様な気もしますが・・・
でも全部忘れて、また同じ過ちを犯してしまったらアホですから。
かといって、いつまでたっても完璧なレースなんてできる訳ないけど。

具体的に何がどう変わったとは言えないまでも
この日が私の人生のターニングポイントであったことは確かです。
ハロハロさんだって、同じような体験をされてるはず・・・
だから同じ匂いがするんですよ、きっと(^^)

読んでくださってありがとうございました!
by ungalmatsu | 2007-04-21 22:54 | トライアスロン | Comments(2)