『小確幸』探求の日々

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毎日なんかいいこと見つけよう!大好きな「押尾コータロー」さんの話題を中心に・・・ほとんど休眠中の気まぐれブログです。悪しからず。

今日出会った一冊の本

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「人生の答」の出し方

柳田邦男著 (新潮文庫)

買おうと思っていた本が品切れだったので
何かないかな、とウロウロしていて目に留まった本です。

そもそも人生に「答」などというものがあるのだろうか。
「ある」と言える人にはあるし、「ない」と言う人にはない―と、答えるしかない。なぜなら、「人生の答」とは、ただ待つ人に与えられるものではなく、ひたすら作ろうとする人が生み出すものだからだ。


この前書きに惹かれて読み始めました。柳田邦男さんという人は、一見重苦しいテーマを
必要以上に重くすることなく、必要以上に難しくすることもなく、語ってくれる方だと思います。
振り返ってみれば、柳田さんの本とは、今までいろんなタイミングで出会っているかも・・・
というわけで、今回はかなり真面目なお話です。



初めて読んだ柳田さんの本は、
たまたま出会った「犠牲(サクリファイス) わが息子・脳死の11日」でした。
これは、自死を図った25歳の息子さんが植物状態に陥った後、脳死と判定され臓器提供を決意するまでの11日間の手記です。
脳死を「人の死」と認めるかどうか。とても考えさせられる本でした。
臓器提供(骨髄提供も)については、この先、人生を共にするパートナーとは、きちんと話し合わなければいけないと思っています。(本当は親とも話し合うべきなのだろうけど、ウチの母親には耐えられないと思うので・・・) でも、そうやって生前の意志を確認していたとしても、果たして目の前で脳死状態となった身体から臓器を取り出すことに、耐えられるかどうか自信はありません。

次に読んだのは「「死の医学」への序章」。(「「死の医学」への日記」の方が先だったかも知れません。)
父が亡くなってしばらくたってからだったと思います。
末期ガン患者が死に至るまでの実例を語るこの本には、しばしばQOL(クオリティ・オブ・ライフ 生命・生活の質)という言葉が登場します。「死=敗北」と捉えがちな医療現場で、なおざりにされている患者のQOLについて、どちらかというとケアする側に提言する形で書かれてはいますが、これもまたとても考えさせられる本でした。
父は自分の病名は知っていましたが、余命告知はしませんでした。それが結果として良かったのかどうか、自分の中で答は出ないまま、一生抱えていくのだと思います。そして、やはりこの先、身近な人が、あるいは自分自身がそういう状況になる可能性が十分にあることも忘れてはいいけないと思います。その時にちゃんと「生きて」「死を迎え(させ)る」ことができるでしょうか。

そんな事を思い出しながら、「「人生の答」の出し方」をじっくり読みたいと思います。
他にも興味深い本がたくさんあります。
あんまり難しく考えないで、どれか1冊手にとっていただけるとうれしいです。
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by ungalmatsu | 2006-12-05 21:07 | 本を読む